HBR の2012年9月号の”
The New Corporate Garage” by Scott D. Anthony によれば、アップルに代表されるように大企業でもパラダイムシフトをもたらすようなイノベーションを生み出せるようになってきている。具体的には、大企業の中にいるアントレプレナー(起業家精神を持った人材)やカタリスト(触媒的機能を果たす人材)が、会社の資源、規模、他にはできないようなやり方で地球的課題に対するソリューションを生み出す機敏さ、を活用してイノベーションを生み出すようになってきている。
イノベーションの歴史
- イノベーターが個人として活躍した第一期(~1915年頃)
- イノベーションの複雑化、高コスト化により企業(研究所)主導の取組が主となる第二期(~1950年代)
- 企業が過度に大きくまた官僚的になったことに伴い、VCの支援を受けたスタートアップが隆盛する第三期(20世紀後半)
- これまでの技術的革新に加えてビジネスモデルのイノベーション(アマゾン、スターバックス、オートネーション(米国の自動車小売最大手で、ネットでの新車・中古車販売を行っている。))も含むようになった第四期(2000年くらい~)
に分類され、現在、オンラインツールによりイノベーションに係るコストが著しく低下したことにより、起業が容易になる一方、その後の競争が激化、長期化している。
企業におけるカタリストの役割
企業は、戦略とイノベーションに係る活動を分権化、分散化するに連れて、その敏捷性が増し、カタリストにとって快適な環境となってきている。カタリストは、地球的規模の課題解決のような大きな野望によって動機づけられいる。そして、イノベーションを生み出すため、会社内部と外部との間にネットワーク若しくは連携を形成するといった役割を果たしており、以下のような事例がある。
・メドトロニックの健康な心臓プラグラム
ビジネスモデルイノベーションの事例として、医療機器を製造販売するメドトロニックが、インドにペースメーカーを浸透させていく際に、地方における無線通信を活用した遠距離診断、地場のパートナーと連携による低所得者のためのファイナンスの開発、地元のドクターとの強い関係構築、ペースメーカーの認可等に総合的に取り組んだことが挙げられている(個々の項目としては模倣可能であるが、全体的に行うのは(少なくともスタートアップには)容易ではない。)。さらに、健康な心臓プログラムは、インドでのプレゼンスを増大させるビジネスモデルの構築を指示されたKeyne Monsonという同社のカタリスト(触媒として機能する人材)が、インド支社内の賛同者を見つけ、また外部の協力者(アショーカ財団)を初期の段階からプロセスに参画させ、協働することで成し遂げられた。
・ユニリーバの持続可能な生活計画
同計画の一つの取組として、発展途上国の人々に安全な水を届けるため、ユニリーバはYuri Jain副社長に世界の浄水ビジネスを任せることとした。彼は、全世界のユニリーバの研究者100人を動員し、品質を保ちながら低価格な家庭用浄水器ピュアイットを開発し、また学校や消費者にこの新技術を受け入れてもらうため、外部の協力をリストアップし、NGOをパートナーとするなどしている。
・シンジェンタの生産的な農業
アグリビジネスを世界的に展開するシンジェンタは、それまで大規模農場に集中していたが、革新的な手法で飢餓に取り組むため、Nick Musyokaを全く分野の異なる消費財メーカーから招いた。彼はカタリストとして、1980年代に登場した小袋モデル、そして小売業者を通じた小規模農家の教育を通して世界中の小規模農場の生産性改善に取り組んだ。
・IBMのスマートシティ
IBMにおける発明の大家であり、カタリストでもあるColin Harrisonは、パルミサーノCEOに直接報告できる本社戦略チームにベンチャー的環境を形成するため、抜擢された。IBMは、研究開発からマーケティングまで、VCに支援されたスタートアップには望むべくもない、その多岐にわたる資源を有しながら、イノベーション第三期の間はその統合に苦労し、うまく活用できていなかった。具体的には、サービスに係る識見、ウェブの結合性、そして物理的センサー、作動装置、RFIDチップを用いた効率性の改善をどのように結び付ければよいかということであったが、Harrisonはアブダビの二酸化炭素中立、ゼロエミッションを目指す都市計画プロジェクトに出会い、そして個別のインテリジェンスを統合するスマートシティという発想に到達した。
こうしたカタリストが企業内で活躍できるよう、企業はオープンイノベーション、システマティックなイノベーション、意思決定メカニズムの簡素化・分権化、学習への集中、失敗に対する寛容を成し遂げる必要がある。そして、カタリストのような高度人材を惹きつけるには、経済的インセンティヴではなく、自己決定権、専門的追及への機会付与、目的意識の刷り込みが必要となる(Daniel H. Pink “
DRiVE”)。
この論文では、各時代状況に応じたイノベーションの作法が検討され、現在はビジネスモデルイノベーションの時代であり、その担い手は大企業であるとしている。具体的には、大企業がその豊富な資産という強みを活かしつつ、柔軟性の欠如、視野の狭さといった弱みをカタリストを活用して克服していくというかたちが提唱されている。この点については全くそのとおりであるが、そもそもイノベーションとは多くの失敗の上に積み重ねられるものであり、必ずしも成功するものではないことを考えると、挑戦の数を増やしていくことも重要である。そうした観点からはカタリストとなるべき人材の育成、各従業員のカタリスト的要素の涵養により、組織全体でイノベーションを行うような仕組みづくりが必要であり、それはカタリストと協働した従業員が、その思考、経験を伝播していくことにより、可能となると思われる。