2013年3月29日金曜日

M&A案件におけるシナジー効果の分配

BCG Perspectivesの” How Successful M&A Deals Split the Synergies” by Divide and Conquerの抄訳。
※訳出に際して企業とその株主を区別せずに、説明している箇所もあるので、その点はご注意ください。

概説

学術研究によれば、上場企業間の合併や買収の約3分の2は、少なくとも短期的には、買収側の企業価値を損なうものとなっている。もちろん、価値創造の経路は、経済情勢、市場での評価、当該M&Aの契約事項に応じて、会社毎に大きく異なる。しかし、適切な買収価格と買収価値創造戦略の効果的な実行(循環的な安値圏での買収、コスト効率化の実現、有機的成長を通じての売り上げ拡大など)によって、価値を創造することができる。

大抵の買収は、コストシナジーの実現によって価値を創造しようとしているが、実際のところはそれに留まらない。ボストンコンサルティンググループとミュンヘン工科大学(TUM)の共同研究によれば、買収側は、買収による価値創造効果を100%享受することはできず、被買収側は期待されるシナジー効果の31%を平均的に受け取っている。 

潜在的なシナジー効果は、重複した工場や生産ラインの閉鎖、調達における規模の経済の実現、内部管理業務の一元化、人員削減、その他の効率化により、達成される。運輸、公益事業、通信など規制の厳しい業界では、一般的には自然独占が期待できそう出るが、規制当局からの制約により、あまりシナジー効果を期待できない傾向があり、合併発表時に開示される任意のシナジーの正味価値も比較的低くなっている。 

一方、グローバルな企業活動のある産業では、被買収会社の最新の年間売上高の2~10%(中央値4.8%)、両社の売上合計の1~3%(中央値1.5%)という大きな効果が上げられている(下図参照)。


シナジーを織り込んだ買収プレミアムの設定

買収価格プレミアムは潜在的なシナジー効果の割引現在価値として表れ、そのシナジー効果は以下の三つの連動した仮定に依存している。
・被買収側にとっての企業価値は、そのままの状態での将来キャッシュ·フローの合計である。ただ、被買収側は、その会社に特有のシナジー効果の一定割合を分け前として要求する。
・買収側にとっての企業価値は、被買収側のスタンドアローン·キャッシュ·フローと買収側が実現可能なシナジーの合計値となる。
・買収側は被買収側とシナジーによる価値を共有し、またそれを買収プレミアムに織り込むことで、ディールの成立を促す。


産業、企業によって大きく異なる、潜在的なシナジー効果 

シナジー効果はM&Aの同じ業界内でも大きく変動する。 シナジー効果は価格交渉や取引発表後に買収者の株式価値評価を支援する上で重要な役割を果たすが、合併発表時におけるシナジー効果に係る発表の94%は、コストシナジー効果への言及、またはシナジー効果に係る具体的な言及はしていない。理由としては、コストシナジーが比較的容易に定量化が可能であること(Post Merger Integration(PMI)の着実な実行により、外部環境からの影響を受けずに達成可能)、収益シナジーは顧客などの第三者の行動に依存するため、実現も定量化もより困難であることが挙げられる。抱き合わせ販売(cross-selling)、高級価格帯への誘導(up-selling)、マージンの高い製品やセグメントへの集中など、概念的に把握するのは簡単だが、その実現には非常に優れた管理と実行が求められる。結果として、投資家サイドとしては収益シナジー効果には懐疑的にならざるを得ない。買収側も、被買収側がが最終的に実現しないかもしれシナジーの共有を求めてくるというリスクを避けるために、契約交渉で収益シナジーは議論の俎上に上りにくい。


収益シナジーの成功事例(2006年のミタル·スチールによるアルセロールの買収) 

ミタル·スチールは、2006年にライバルの鉄鋼メーカーのアルセロールに敵対的買収を仕掛けたとき、アルセロールの反対(戦略的シナジー効果の低さ、流動性の低いミタル株(発行済株式総数のわずか12%)の過剰評価などが根拠)、欧州のいくつかの政府の反対など遭った。

しかし、ミタルはこの経営統合に大きな合理性を見出していた。ミタルは2年間で16億ドルのコスト削減(アルセロールの売上高の1.9%、鉄鋼業界の売上高の4.3%。販売費及び一般管理費(5.3億ドル)で、マーケティングや事業の統合(5.3億ドル)、調達(5.7億ドル)、製造プロセスの最適化(0.4億ドル)による。)、世界有数の鉄鋼メーカーとしての地位確立を見込んだ。

実際に株主、投資家の支持を得て、買収を成立させた。合併後、予想どおりの削減を実現したアルセロールは、抱き合わせ販売と開発途上地域での販売加速を通して新たな収益のシナジー効果も実現した。


シナジー効果を被買収側と共有することの意義

被買収側が合意可能な価格に到達するためには、買収側が予想するシナジー効果を共有し、また理解してもらわなければならない。そして、自らの資産を活用したシナジー効果に係る被買収側の認識の高まりとともに、買収プレミアムは上昇傾向にある。また、産業毎に潜在的なシナジー効果の大きさが異なるため、買収プレミアムにも大きな差が出てくる。ただ、被買収側はシナジーの実現について何ら責任を負わないのに対して、買収側はその実現についてリスクを負うということは理解しておく必要がある。また、合併に対する市場の理解を得るためにも、

取引の発表に際して、経営陣はPMIの重要性を強調し、コスト削減へのコミット、実現に注力しなければならない。


シナジーに係るコミュニケーションの意義

PMIは、実際に取引を進めていく上での理論的根拠を示し、株主が期待できるシナジー効果を定量化することとなる。最近では、当該M&A取引の経済的合理性に係る詳細な説明が求められる傾向にあり、実際、合併発表においてシナジー効果を定量化している買収側の株式評価は、そのような開示をしない場合よりも、平均約5%高くなっている。

合併発表時のシナジー効果の期待値を設定するため、BCGは、シナジーの目標に対する進捗状況の追跡のための以下のようなベスト·プラクティスを特定した。
・これまでの合併が一貫性のある戦略的なロジックに基づいて進められていることを示すことによって、今回の合併に係るストーリーを提供する。
・マクロ経済情勢、業界のファンダメンタルズ、競争上の地位並びに買収側・被買収側双方の差別化できる強みを踏まえたストーリーを作り上げ、今回の合併に係る理論的根拠を提供する。
・予想されるシナジー効果とその根拠を開示し、またその価値を実現するためのタイムテーブルを定期的に更新していく。

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