2013年5月15日水曜日

サプライズはいまだ最も強力なマーケティングツールである。

HBR Blogに掲載された“Surprise Is Still the Most Powerful Marketing Tool” By Scott Redickの抄訳。


現在、物事の予測可能性が過去になく高くなっている。Yelpは、私たちが悪いレストランで食事することを回避させてくれる。Facebookは、最初のデート前にロマンチックをもたらし得る関心事を調べさせてくれる。 Googleマップは、その進行指示で我々が道に迷うのを防いでくれる。

同じことが、マーケティング組織で起こっている。 「ビッグデータ」に代表される豊富なデータを活用したプラクティスがブランドマネージャに精度と予測可能性という魅力的な約束をしてくれる。もちろんマーケティングの効率化には資するものであるが、一方で、ブランドからエキサイティングやサプライズを奪ってしまっている。好ましいサプライズは予想外の状況で消費者の関心を引くことによって生まれるが、そのセレンディピティの機会がブランドから失われるという危険にさらされている。

「ビッグデータ」でイノベーションを追求することが不可欠だが、最も強力なマーケティングツールであるサプライズという要素を無視していいということにはならない。

サプライズの中毒性 
サプライズは脳のための亀裂のようなものである。フルーツジュースと水を使用した、人間の野内活動の変化を測定する実験によれば、「人間は予期しないを欲するように設計されている。」。謎の美容製品に係るサブスクリプションモデル(Birchbox)、二度同じショーを行わないロックバンド(Phish)など、あらゆるビジネスモデルはこうしたインサイトを元に構築可能であることが証明されている。

サプライズによる行動変化 
認知的不協和の考え方によれば、サプライズは、我々の信念と行動の移行との調和を要する新しい刺激をもたらしてくれる。学びをもたらすのは予想外の出来事からであると古くから知られている。消費者行動の観点から考えることは革新的戦略への道筋を広げてくれる。広告キャンペーンを考える際、メッセージにだけ捉われるのではなく、顧客、見込み客が何を期待し、そしてその期待をどのように上回るかである。

サプライズは低コスト 
10セント硬貨をコピー機の近くに置いておき、それを見つけた被験者と見つけられなかった被験者の人生全体に対する満足度を調査したところ、前者が後者を大幅に上回った。大規模な生産予算やメディアプランを通じて競争相手を打ち負かそうとするよりも、サプライズなブランドストーリーをどう組み込むかについて考える必要がある。どのようにしてヴァージンアメリカが魅力的かつ創造的となっているか、その稼働停止時におけるウェブサイトの通知や安全ビデオから見て取ることができる。

サプライズによる感情の増幅 
心理学者ロバート・プルチックがその著書”Psycho Evolutionary Theory of Basic Emotions”で提示した「感情の輪」理論によれば、人間の感情は8つの一次感情(怒り、恐れなど)とそのうちの二つの組み合わせによる二次感情(ほろ苦さ(幸福+悲しみ)や罪悪感(幸福+恐怖)など)に分類される。サプライズはあなたが感じている気持ちを増幅させるという点に面白味がある。Netflixが急にサブスクリプション価格を引き上げたときの怒り、Zapposが購入確定前にもかかわらず大変な労力を使って靴を届けてくれたときの喜び。そこではサプライズが基本的感情の発露に先行しているのである。

Source) http://visual.ly/robert-plutchiks-psycho-evolutionary-theory-basic-emotions

サプライズで情熱的関係を構築
取り立てて理由もなくランダムに新しい恋人の花を送ったり、思い出に残るプロポーズで婚約したり、ロマンスにはサプライズが付き物である。中年夫婦の結婚満足度に係る実験によれば、映画鑑賞や料理のような日常的な活動よりもスキーやダンスのような非日常的で "エキサイティング"な活動をしている夫婦のほうがより高い満足度を示していることが分かった。ビジネス関係においても、マーケティング担当者は、見込み顧客へのアピールに熱心になりがちであるが、既存顧客からセクシー、魅力的と思われるように努めることも忘れてはいけない。

マーケティングにおいては速さ、安さ、責任を追及するとともに、組織がよりサプライジングになるようブランディングする必要がある(実現に向けて、学術研究やエンタープライズレベルのソフトウェアは十分にあるとは言えないが。)。

2013年4月20日土曜日

失敗しないチェンジマネジメントのポイント

HBR Blogに掲載された"Change Management Needs to Change" by Ron Ashkenasの抄訳。


チェンジマネジメント(組織変革)に関してはその認識が確立され、ツール、トレーニング、書籍など巨額の投資が行われてきたにもかかわらず、組織変革プロジェクトの60〜70%は失敗している。

原因として、チェンジマネジメントについての我々の理解が誤っており、ジョン・コッターの「変革の8段階」(eight successor factors)、スペンサー・ジョンソンの「チーズはどこへ消えた?」(moving cheese)、テレサ・アマビールの「進捗の法則」(The Power of Small Wins)などの基本に立ち返らなければならないという可能性もある一方、チェンジマネジメントの内容は合理的に正しいが、それに実行力が伴ってこなかったという説明も可能である。事実、マネジャーたちの変革先導力を強化するのではなく、人事の専門家やコンサルタントにチェンジマネジメントを外部委託し、その責任を回避することを許してきてしまった。そして、こうしたアプローチのほとんどは失敗する。こうしたアプローチに数年間取り組んできた大手ヘルスケアカンパニーでは、チェンジマネジメントの概念に精通したマネジャーが増えたのみで、新しい取組を考えるための手法としては機能せず、プロジェクトにおける一連の業務の一部となってしまった。

組織が効果的に変革を進められていない場合、次の3点について検討したほうがいい。
  1. 変革を進めるための共通のフレームワーク、言語、ツールを持っているか。多くの選択肢があっても、中身は同じで、見栄えしか変わらないことが多い。重要なのは、誰もが理解する共通の定義、アプローチ、そしてシンプルなチェックリストを持つことである。 
  2. 変革プランがどの程度全体プロジェクトに統合されているか。チェンジマネジメントを付加的な一つの取組ではなく、ビジネスプランに統合し、セットとして扱われるようにしなければならない。 
  3. 効果的なチェンジマネジメントについて、誰が責任を負っているのか。マネジャーなのかスタッフや外部の専門家なのか。変革が系統だって強力に起こるようマネジャーが責任を負わない限り(一定の行動に対する報酬と罰則による動機づけ)、必要なスキルは得られない。 
チェンジマネジメントの重要性については論を待たないが、その効果的な発現はマネジャーのコアコンピタンスによるものであり、代替可能なものではない。

2013年4月13日土曜日

成長の源泉(ポートフォリオ、M&A、市場シェア)

"The granularity of growth" by Mehrdad Baghai, Sven Smit, and S. Patrick Viguerie (McKinsey Quarterly)の抄訳。


企業の成長の源泉は何か
産業セグメント別の成長率を平均すると、ハイテクをはじめとする成長産業よりも急速に成長している成熟産業のセグメントもあることが分かる(欧州の通信産業など)。「成長産業」とか 「成熟産業」と言った定義づけは逆に誤解を招く。

大企業の収益成長率に係るマッキンゼーの研究によれば、市場の平均的な見方から距離を置き、動向、将来の成長率、市場構造に対する詳細な視点を涵養していくことが重要である。サブインダストリー、セグメント、カテゴリ、小さな市場に係る洞察は、ポートフォリオ選択に欠かせない。こうしたアプローチが、企業が競争のポイントに係る適切な意思決定を行う際に必要不可欠となる。
これらの決定は企業の死活問題かもしれない。17セクターにおける100の大企業を調査したところ、以下のような予想外の発見があった。
  1. 売上の増加は生き残りには不可欠である。GDP成長率よりも売上増加率が低い企業は、成長企業による買収などを通して、次のビジネスサイクルでは生き残っていない可能性が5倍高くなる。 
  2. 適時適所で競争することが重要である。高い収益成長率と高い株主還元を持つ多くの企業は自らにとって望ましい成長環境で競争している。また、これらの企業の多くは積極的に買収を仕掛けている。 
世界200社以上の大企業を調査した結果、収益成長を駆動する主要なコンポーネントは、主に当該企業が競争に参加している産業分野における市場の成長、合併や買収を通じて獲得する収入であることが分かった。これら二つの要素により、企業間の成長の違いの約80%が説明されるのである。そして、マーケットシェアの増減は20%程度の意味しか持たないことが分かった。
直感に反する結果であるが、日々の業務執行を上手く行うことは、競争の激しい市場でシェアを維持し、また市場の潜在的成長可能性を捉えるためには重要であるが、企業間の成長速度の違いを決定するものではない。企業幹部はどこで競争しており、またすべきであるかについてより注意を払うべきである。 より高い成長をもたらすポートフォリオへのシフト、同業他社をベンチマークとした自社のパフォーマンスの分析、自社をより詳細なセグメントレベルに分解した上での分析が重要である。


成長を詳細に分析する
欧州におけるテレコム産業は成熟産業として認識されることが多いが、ヨーロッパにおいてトップ10に入る通信会社の年間売上高成長率は、1999年~2005年の平均9.5%であるところ、個別企業を見ると1~25%と大きく異なっている。その最も重要な理由は、各社が異なるポートフォリオを選択しているため、各セグメントからの影響に差があるということである。例えば、ワイヤレスは固定よりも速く成長し、またそれぞれの成長率は国によって大きく異なる。 全体的に高い成長率を誇る産業でも同じである。代表的なハイテク企業の年間成長率は、1999年から2005年まで-6~34%であった。

確かに1999年から2005年まで同業他社を上回るパフォーマンスを上げた200社(建設、消費財、エネルギー、金融サービス、ハイテク、小売、公益事業)を見ると、全体的な成長率は異なる。しかし、業界に関係なく、それらの企業のポートフォリオの成長率は、同業他社をアウトパフォームしている。サブインダストリーや製品カテゴリを大陸、地域、国という観点から分解して分析することで、高い成長率の原因が掴めてくる。高成長産業に移行することではなく、現在属する産業内でより成長可能なセグメントを特定し、そこにリソースを集中させることで成長するべきである。 

経営陣は、適切な市場を選択し、またポートフォリオを変更する際、ベンチマークを活用することで、成功のチャンスについて非現実的な仮定を置くのを避けることができる。


成長を分解する
  • ポートフォリオのモメンタムは、同社のポートフォリオに組み込まれているセグメントの市場成長を通じて達成している有機的な売上高の伸びである。そこに働きかける方法としては、事業の買収や売却によって市場の成長からの影響を変化させる、新しい製品カテゴリの導入によって市場の成長を自ら創り出す、という二つがある。ポートフォリオのモメンタム(為替の影響を含む。)は、戦略的パフォーマンスの尺度と言える。 
  • M&Aは買収または売却を通じて収益を売買する無機的な成長である。 
  • 市場シェアは市場競争を通じた有機的成長を反映するものである。市場シェアは当該企業が参入している各セグメントのシェアの加重平均として定義される。 
成長の源泉として、ポートフォリオのモメンタムは、M&Aに続いて、圧倒的に大きな役割を果たしている。一方で市場シェアはネガティブにしか作用していない。しかし、成長の三要素のパフォーマンスには個別企業間で大きな差異があった(ポートフォリオのモメンタム(2~18%)、M&A(-2~13%)、市場シェア(-6~5%)。


市場シェアの位置づけ 
データベースに存在する企業の1999年から2005年までのパフォーマンスを上記の成長三要素に分解したところ、年間売上増加率8.6%のうち、5.5%ポイントはM&A、3.0%ポイントはそのポートフォリオのセグメントの市場成長、残りの0.1%ポイントが市場シェアによるものであることが分かった。ただ、これらの数字は大企業の影響を大きく受けており、より迅速に成長し、既存企業のシェアを奪っているような中小企業はどうであろうか。おそらく、新規参入者や中小企業は、単に既存企業のシェアを奪うというようなやり方ではなく、カテゴリ、市場、事業を再定義し、異なるアプローチで競争に臨んでいる。しかし、大企業がシェアを落とす米国、拡大するヨーロッパという具合に国ごとに違いは見られる。

大企業の成長パフォーマンスの違いを分析したところ、ポートフォリオモメンタムが43%、M&Aが35%、市場シェアが22%を占めることが分かった。ただ、これを日常の経営を疎かにしてよいと解釈してはいけない。逆に、ポートフォリオモメンタムによる成長を成し遂げるためには、新興企業が参入してくる中でそのセグメントでの地位を維持する必要があるということを意味しているのである。製品のライフサイクルが短いハイテク産業では、市場シェアの変動が起こりやすく、市場シェアの変動が成長に占める割合は37%と最も高くなった。


成長と株主価値のリンク
ベンチマークのため、パフォーマンスに基づいて企業を四分類した。
  • Good(先の成長要素において、アウトパフォーム1、アンダーパフォーム1以下):株主へのリターン率(8%)、売上成長率(11%)。サンプルとなった企業の半分くらいが該当。 
  • Great(先の成長要素において、アウトパフォーム2またはトップレベルのパフォーマンス1、アンダーパフォーム1以下):サンプルとなった企業の15%が該当。 
  • Exceptional(先の成長要素の全てにおいてアウトパフォーム):サンプルとなった企業の0.5%。 
  • Poor(先の成長要素において、アウトパフォーム0、またはアンダーパフォーム2以上):株主へのリターン率(0.3%) 
企業幹部はポートフォリオを組み、資源配分を行う際、より大きな成長余地のあるビジネス、国、顧客、製品は何であるかをポートフォリオ、M&A,市場シェアという成長要素の観点から検討しなければならない。

2013年4月3日水曜日

大企業におけるイノベーションの実現方法(P&Gとサムスンを例に)

HBR Blog Networkの”Getting Crazy Ideas Off the Ground” by Alessandro Di Fioreの抄訳。


インサイトが生まれてから、開発へのゴーサインが出るようなコンセプトにまで仕上がるまでの期間をどのように管理するかは、不連続なイノベーションを生み出すのに重要である。こうした既存の体制(能力、ビジネスモデル)に適合しないアイデアはビジネスにするのが難しく、リスクを抱えている。 

ほとんどの場合、組織から何か指示などがない中で、個人が飛び抜けたアイデアを生み出し、率先して進めていくのである。ただ、残念なことに、強力な個性を放つ個人とアイデアは政治的に脆弱であることが多い。つまり、周囲にいるほとんどの人々は利害関係を持っておらず、資金調達、具体化を達成する方法については明確なプロセスが存在していない。そうした環境が整っていない企業では、価値を創造し得るインサイトが放置されてしまっている。 

不連続なイノベーションは脆弱なだけでなく、組織的な保護や方向づけを得ることもない。こうした課題に上手く取り組んでいる企業として、P&Gとサムスンが挙げられる。 

P&Gは一般的な組織内には拠り所のないアイデアにシードマネーを提供する"Corporate Innovation Fund"(CIF)を設立している。CIFは組織内には拠り所のないアイデアから優れたものを選抜し、実現に適切なチームを、組織内のユニットを跨いで集め、割り当てるという極めて重要な役割を果たしている。CIFによる投資は一般的な予算サイクルとは別に設定されており、リスクの高いアイデアでも簡単に正当化可能なメインストリームのプロジェクトと競争せずに資金を得ることができる。 

サムスンも同様のアプローチを採用しており、ソウルから南に33km離れたスウォン(サムスンの主要な製造拠点)に、不連続なイノベーションのアイデアを受け付ける”Value innovation Program (VIP) Center”を設立している。VIPセンターは24時間オープン、20のプロジェクトルーム、38室のベッドルーム、ジム、お風呂、卓球台を備えている。 誰でもアイデアを提案することができ、VIPは毎年90件くらいのプロジェクトが現在進行形で取り組まれている。選抜されたアイデアはVIPの組織的な保護と初期段階における開発環境を与えられる。 P&GのCITと同様に、VIPでは、戦略的イノベーションと顧客調査のツールと​​プロセスの専門家によるサポートを提供するとともに、エンジニア、デザイナー、マーケティング担当者で構成されるイノベーションチームの立ち上げに重要な役割を果たしている。 このようにして、VIPプロジェクトは詳細なコンセプト(価値提案、設計の青写真、技術とコストのスペックを含む。)へと昇華していくのである。その後、プロジェクトは更なる発展のため、既存の製品開発プロセスに引き継がれていく。サムスンを一躍テレビ製造産業のリーダーに押し上げたボルドーTVなどもVIPセンターから生まれたものである。

2013年3月29日金曜日

M&A案件におけるシナジー効果の分配

BCG Perspectivesの” How Successful M&A Deals Split the Synergies” by Divide and Conquerの抄訳。
※訳出に際して企業とその株主を区別せずに、説明している箇所もあるので、その点はご注意ください。

概説

学術研究によれば、上場企業間の合併や買収の約3分の2は、少なくとも短期的には、買収側の企業価値を損なうものとなっている。もちろん、価値創造の経路は、経済情勢、市場での評価、当該M&Aの契約事項に応じて、会社毎に大きく異なる。しかし、適切な買収価格と買収価値創造戦略の効果的な実行(循環的な安値圏での買収、コスト効率化の実現、有機的成長を通じての売り上げ拡大など)によって、価値を創造することができる。

大抵の買収は、コストシナジーの実現によって価値を創造しようとしているが、実際のところはそれに留まらない。ボストンコンサルティンググループとミュンヘン工科大学(TUM)の共同研究によれば、買収側は、買収による価値創造効果を100%享受することはできず、被買収側は期待されるシナジー効果の31%を平均的に受け取っている。 

潜在的なシナジー効果は、重複した工場や生産ラインの閉鎖、調達における規模の経済の実現、内部管理業務の一元化、人員削減、その他の効率化により、達成される。運輸、公益事業、通信など規制の厳しい業界では、一般的には自然独占が期待できそう出るが、規制当局からの制約により、あまりシナジー効果を期待できない傾向があり、合併発表時に開示される任意のシナジーの正味価値も比較的低くなっている。 

一方、グローバルな企業活動のある産業では、被買収会社の最新の年間売上高の2~10%(中央値4.8%)、両社の売上合計の1~3%(中央値1.5%)という大きな効果が上げられている(下図参照)。


シナジーを織り込んだ買収プレミアムの設定

買収価格プレミアムは潜在的なシナジー効果の割引現在価値として表れ、そのシナジー効果は以下の三つの連動した仮定に依存している。
・被買収側にとっての企業価値は、そのままの状態での将来キャッシュ·フローの合計である。ただ、被買収側は、その会社に特有のシナジー効果の一定割合を分け前として要求する。
・買収側にとっての企業価値は、被買収側のスタンドアローン·キャッシュ·フローと買収側が実現可能なシナジーの合計値となる。
・買収側は被買収側とシナジーによる価値を共有し、またそれを買収プレミアムに織り込むことで、ディールの成立を促す。


産業、企業によって大きく異なる、潜在的なシナジー効果 

シナジー効果はM&Aの同じ業界内でも大きく変動する。 シナジー効果は価格交渉や取引発表後に買収者の株式価値評価を支援する上で重要な役割を果たすが、合併発表時におけるシナジー効果に係る発表の94%は、コストシナジー効果への言及、またはシナジー効果に係る具体的な言及はしていない。理由としては、コストシナジーが比較的容易に定量化が可能であること(Post Merger Integration(PMI)の着実な実行により、外部環境からの影響を受けずに達成可能)、収益シナジーは顧客などの第三者の行動に依存するため、実現も定量化もより困難であることが挙げられる。抱き合わせ販売(cross-selling)、高級価格帯への誘導(up-selling)、マージンの高い製品やセグメントへの集中など、概念的に把握するのは簡単だが、その実現には非常に優れた管理と実行が求められる。結果として、投資家サイドとしては収益シナジー効果には懐疑的にならざるを得ない。買収側も、被買収側がが最終的に実現しないかもしれシナジーの共有を求めてくるというリスクを避けるために、契約交渉で収益シナジーは議論の俎上に上りにくい。


収益シナジーの成功事例(2006年のミタル·スチールによるアルセロールの買収) 

ミタル·スチールは、2006年にライバルの鉄鋼メーカーのアルセロールに敵対的買収を仕掛けたとき、アルセロールの反対(戦略的シナジー効果の低さ、流動性の低いミタル株(発行済株式総数のわずか12%)の過剰評価などが根拠)、欧州のいくつかの政府の反対など遭った。

しかし、ミタルはこの経営統合に大きな合理性を見出していた。ミタルは2年間で16億ドルのコスト削減(アルセロールの売上高の1.9%、鉄鋼業界の売上高の4.3%。販売費及び一般管理費(5.3億ドル)で、マーケティングや事業の統合(5.3億ドル)、調達(5.7億ドル)、製造プロセスの最適化(0.4億ドル)による。)、世界有数の鉄鋼メーカーとしての地位確立を見込んだ。

実際に株主、投資家の支持を得て、買収を成立させた。合併後、予想どおりの削減を実現したアルセロールは、抱き合わせ販売と開発途上地域での販売加速を通して新たな収益のシナジー効果も実現した。


シナジー効果を被買収側と共有することの意義

被買収側が合意可能な価格に到達するためには、買収側が予想するシナジー効果を共有し、また理解してもらわなければならない。そして、自らの資産を活用したシナジー効果に係る被買収側の認識の高まりとともに、買収プレミアムは上昇傾向にある。また、産業毎に潜在的なシナジー効果の大きさが異なるため、買収プレミアムにも大きな差が出てくる。ただ、被買収側はシナジーの実現について何ら責任を負わないのに対して、買収側はその実現についてリスクを負うということは理解しておく必要がある。また、合併に対する市場の理解を得るためにも、

取引の発表に際して、経営陣はPMIの重要性を強調し、コスト削減へのコミット、実現に注力しなければならない。


シナジーに係るコミュニケーションの意義

PMIは、実際に取引を進めていく上での理論的根拠を示し、株主が期待できるシナジー効果を定量化することとなる。最近では、当該M&A取引の経済的合理性に係る詳細な説明が求められる傾向にあり、実際、合併発表においてシナジー効果を定量化している買収側の株式評価は、そのような開示をしない場合よりも、平均約5%高くなっている。

合併発表時のシナジー効果の期待値を設定するため、BCGは、シナジーの目標に対する進捗状況の追跡のための以下のようなベスト·プラクティスを特定した。
・これまでの合併が一貫性のある戦略的なロジックに基づいて進められていることを示すことによって、今回の合併に係るストーリーを提供する。
・マクロ経済情勢、業界のファンダメンタルズ、競争上の地位並びに買収側・被買収側双方の差別化できる強みを踏まえたストーリーを作り上げ、今回の合併に係る理論的根拠を提供する。
・予想されるシナジー効果とその根拠を開示し、またその価値を実現するためのタイムテーブルを定期的に更新していく。

2013年3月24日日曜日

企業のイノベーション力を測定する

HBR Blog Networkの”How To Really Measure a Company's Innovation Prowess” by Scott Anthonyの抄訳。


世界で最も革新的な会社をランキング化しようとしても、意見の違いが出てくる。それは、企業のイノベーション創出力は長続きしないこと、企業のイノベーション機関が上手く機能しているかを伝えることが困難であること、などによる。そして、そもそも「イノベーション」を測定するというは曖昧な行為であり、イノベーションの測定単位について明確なコンセンサスは存在していないが、以下のような測定への取り組みも存在する。

ROII (Return on Innovation Investment)=(イノベーションによってもたらされた利益やキャッシュ·フロー)/(イノベーションへの累積投資額)
*過去の投資の成果、またこれから行う投資の期待値を測定するのにも用いることができる。

1920年代にデュポンがROEを3つに分解することで、より詳細に株主資本収益率を分析したように、ROIIも以下のとおり分解できる。

ROE(株主資本利益率):
· 収益性(売上高に対する当期純利益)
· オペレーション効率(資産に対する売上高)
· 財務レバレッジ(資産に対する自己資本)

ROII(イノベーション投資利益率):
· イノベーションの規模(=財務的成果/成功アイデア数)
· イノベーションの成功率(=成功アイデア数/創出アイデア数)
· イノベーションの投資効率(=創出アイデア数/(総資本+オペレーション投資額)

課題としては、数値の恣意性、共通定義と利用可能な統計の欠如が、ベンチマークを困難にしていることが挙げられる。

2013年3月19日火曜日

プロジェクトマネジメントの3つのポイント

HBR Blog Networkの” The Dirty Little Secret of Project Management” by Joe Knight et al.("Project Management for Profit: A Failsafe Guide to Keeping Projects On Track and On Budget"の著者)の抄訳。


多くのプロジェクトマネージャーは、あまりに多くまたコントロールできない(と思っている)変数を前に、そのプロジェクト管理は稚拙なものとなっている。だが、高速道路やダムやオフィスパークのような巨大なプロジェクト(ソフトウェア開発チームよりも多くの変数に対処)を上手く管理し、成功を収めている企業も現に存在している。それらのプロジェクトマネジャーはどの時点でどのくらい計画からずれているかを知り、顧客に十分な関連情報を伝え、顧客を意思決定過程に取り込んでいる。

確かに、プロジェクト管理ソフトも使われているが、良いプロジェクト管理システム(現時点でのプロジェクトの進捗状況、プロジェクトの完成時期の見通し、予算への影響の見通し)には、高価なソフトウェアを必要としない。ホワイトボードと電卓だけでも数百万ドルのプロジェクトを管理することもできる。実際、以下の事項を支援できる限り、そのシステムは非常に簡単なもので構わない。

重要な変数をフォローする 
マイルストーンだけでなく、収益性に影響を与える要因(対予算の労働時間(進捗状況の把握)原材料費、発注変更、下請け業者の進捗状況)もフォローする必要がある。これらの変化はすぐにプロジェクトに反映されるので、週単位でのチェックが重要である。

チームで情報を共有する
ホワイトボードやデスクトップなどにフォローすべき項目の数字を掲げるとともに、毎週定期的に会議を行うことによって、問題発生の兆候を迅速に把握する。

利害関係者と顧客と最新の情報を共有する
良い情報、悪い情報の両方を随時、利害関係者と顧客と共有することによって、たとえ時間内、予算内でプロジェクトが完成しなくなっても、それに合わせて対応できるようにしておく。顧客の期待を調整し、また顧客が遅れていると認識していない限り、それは遅れているということにはならない。

2013年3月17日日曜日

ストラテジーとマーケティングのコンバージェンス

HBR Blog Networkの”The Best Companies Combine Marketing and Strategy” by Roger Martin("Playing to Win: How Strategy Really Works”の著者)の抄訳。


ビジネスの思考や理解が深まるにつれて、ストラテジーとマーケティングを区別するのに役立つような定義はなくなってきたが、それでもそもそものルーツは異なる。

マーケティングは販売に端を発しており、どうすれば消費者に自社製品を高度に知的に、そして計画的に販売できるかについて、マーケティング・ミックス(1940年代終わり)、生産者視点の4P(1960年)などのアプローチが生み出されてきた。

一方、ストラテジーは軍事理論に端を発しており、どうすれば敵を倒せるかについて、対競合各社の自社の能力に注目するアプローチが生み出されてきた(1960年から)。競合より経験曲線の下方に位置しているか、競合よりも金のなる木からスターに資源を配分しているか、などである。

しかし、ストラテジーとマーケティングは実務に使用されていく過程で、ストラテジーは自社と競合に顧客理解という視点を加え、マーケティングは自社と顧客に競合比較という視点を加え、統合してきている。

にもかかわらず両者が分別されている理由としては、ビジネススクールにおける講学上の都合、専門化されたスキルの発展と組織の分化を図る企業の都合などが挙げられる。実際のところ、ストラテジーとマーケティングを峻別する意義はなくなっている。

2013年3月7日木曜日

スモールトーク(世間話)の重要性

HBR Blog Networkの”The Big Challenge of American Small Talk” by Andy Molinskyの抄訳。


自分がドイツ企業のアメリカ子会社@シカゴにマネージャーとして赴任してきたとしよう。会議の合間に郵便物を受け取りに行ったり、コーヒーブレイクを取ったりする際、「よー、デイビッド。調子はどうだい?」とシニアパートナーに声を掛けられ、「いいよ。ありがとう。グリア博士。」とあなたは応える。

上司との良い関係を構築する絶好の機会であるが、何か上司に話す適切な話題はないかと考えているうちにアメリカ人の同僚が割り込んでくる、ざっくばらんな感じで。「ところで、アーノルド。スパーボールの予想を聴かせてよ。ナイナーズのファンですよね。UCバークリーのMBA卒でしたよね。」

この後も会話は続いていくが、あなたはコーヒーを持って自分のデスクにすごすごと戻っていく。あなたはアメリカにおいてはスモールトーク(世間話)がとても重要であることを知っており、またそれを自然に上手にこなす同僚に嫉妬さえ感じる。

アメリカの文化のなかでスモールトークが果たす役割は決して小さくない。技術的に最も優れていたとしても、アメリカで出世していくには、良い職場関係を構築し、維持していくことがとても重要になる。そして、そのために最も重要なスキルがスモールトークなのである。採用面接や取引、会議などのフォーマルな場面、エレベーターや地下鉄のホームでの上司との鉢合わせ、会社のイベントで隣同士になった同僚とのおしゃべり、全てにおいて人間関係構築のために必要となってくる。

だが、たとえば冒頭の会話のように、アメリカ人が他人に調子を尋ねてくるとき、それはあくまで礼儀としての挨拶みたいなもので、実際のところ、ちゃんとした回答を求めているわけではないし、そうした回答はこの場面では適切とは言えない。

それでは、異文化出身者はどのように対応していけばいいのか。

1.自分自身のアメリカンスタイルなスモールトークを構築する
周囲のスモールトークから、話題、トーン、話し言葉とジェスチャーなどを観察し、自分に合ったようにアレンジした上で身につけていく。

2.アメリカのスモールトークに対して、文化的な見地から敬意を払う
あなたが自身の文化的価値観からアメリカのスモールトークを表層的なもの、関係ないし、必要ないと感じているとしても。

2013年3月3日日曜日

ゴシップの効用

HBR Blog Networkの”Go Ahead and Gossip” by Amy Galloの抄訳。


他人の話を当人のいないところでする、ゴシップは失礼であり、感情や評判を損なうものであると教えられている。しかし、現実には誰もが何らかのかたちでゴシップ(肯定的、中立的、否定的なもの全て)に関わっている。また、そこから多くの情報を得ていることも事実である。

特に、会社などの集団においては、フォーマルな情報に加えて、ゴシップなどのインフォーマルな情報が、社内の最新の状況、フォーマルなルートには乗りにくい情報の流通を助けている。また、そうした敏感な情報を共有することで相手の信頼を獲得したりすることもできる場合がある。

誰かの家族や個人的な事柄についてのゴシップからは距離を置くべきであるが、私たちが通常考えるゴシップの多くは肯定的なものか中立的なものである。

ゴシップについて話すことにより、自らの影響力を高めたり、相手にそう感じさせることも可能である一方、ゴシップは自らの評判を傷つける可能性もあるので、話す相手は信頼できる人に限定しなければならない。まだ親しくない相手とは、無害な他愛のない話から徐々に初めていくほうがいい。また、電子メールで送信した情報は拡散してしまうという認識でいたほうがいい。

ただうなずいたり、「そんな話知らなかった」と言っていれば、ゴシップの情報を得ることは可能であるが、否定的なゴシップに遭遇したときは、疑問を投げかけてみたり、貶されている人の良い行いを披露したりするという対処法もある。


ゴシップ対処原則

すべきこと
  • 社内で起きていることについて知るため、インフォーマルな関係を使って情報を集める。
  • ゴシップの伝達手段についてよくよく検討する。
  • 自分の言葉がどう自分に跳ね返ってくるか考える。
避けるべきこと
  • 不要であったり、他愛のないゴシップに関わらない。 (ゴシップは人との関係を築くのに良い手段である)
  • 上司の前でゴシップについて話す。
  • 同僚に対する否定的なコメントに目をつぶる。

2013年2月17日日曜日

プラットフォーム戦略

HBR Blog Networkの”Three Elements of a Successful Platform Strategy” by Mark Bonchek and Sangeet Paul Choudaryの抄訳。


ネットワーク化された現代において、企業は製品ではなく、そのプラットフォームを巡って競争を繰り広げている。デジタルプラットフォームを形成することで、他社のビジネスを容易に惹きつけ、結びつかせ、製品やサービスを提供させ、そして価値を共創するのである(プラットフォーム思考:物的アプローチ(課題解決のため、どのようにしてより多くの物を創り上げるか。)、最適化アプローチ(既に創り上げた物をどのようにして最も無駄の少ない形で配分するか。)、プラットフォームアプローチ(物の再定義を行い、新しい課題方法を模索する。))。

例えば、かつてフィーチャーフォンで成功していたノキアとブラックベリーは、スマートフォン市場においてアップルとアンドロイドがそれぞれ形成したエコシステムに敗北した。それは、特徴や機能ではなく、アプリストア(外部のディベロッパーが価値をもたらしてくれる。)に起因するものである。マイクロソフトも技術的に優れた携帯を開発したが、成功のカギはプラットフォームの形成にある。

このプラットフォーム思考は技術系セクターだけでなく、小売りセクターにも適用でき、オンラインリテールのeBay、Etsy、そしてAmazonがその先頭を走っている。JC Penney(プラットフォーム)も他社が経営するブティック(アプリ)の出店に注力している。また、Nikeもデジタルスポーツグッズで成功し、Nike+ Accelerator を使って、Nike+というプラットフォームの確立を図っている。

こうしたプラットフォームの隆盛はクラウド、ソーシャル、モバイルといった技術を原動力としている。誰もがいつでもどこでも簡単にコンテンツを創り、共有できるようになっているのである。また、最近のプラットフォームはプッシュ型ではなく、プル型であり、もちろん一定の規模を獲得した時点からネットワーク効果の恩恵を強く享受するようになる。

プラットフォーム戦略の成否は、以下の3つのファクターとそれに対応する3つの道具によって決定づけられる。

· コネクション:プラットフォームへの参加の容易さ(←ツールボックス(参加を容易にする支援ツールの提供))

· グラビティ(重力):需給双方の参加者にとってのプラットフォームの魅力(←マグネット(インセンティブ、レピュテーション、プライシングに関わるシステムの緻密な設定))

· フロー:プラットフォームによる交換や価値の共創の促進度合(←マッチメイカー(参加者の豊富なデータを活用した協働支援))

これら3つの道具に係るポートフォリオはそれぞれの企業によって異なる。アマゾンはツールボックス、イーベイはマグネットとマッチメイカー、そしてフェイスブックはツールボックスとマグネットにフォーカスしている。

2013年2月5日火曜日

顧客は観察すべきもの

HBR Blog Networkの”Stop Listening to Your Customers” by Steve Martinの抄訳。

あらゆるビジネスにおいて、何が顧客、消費者に影響を与え、また彼らを説得するのかが追求されるが、そのために最もよく行われる戦略の一つは直接聞くことである。ただ、どういう具体的な方法(ヒアリング、オンライン調査、調査会社への依頼など)を選択するかにかかわらず、そこには回答者である顧客、消費者自身がその答えをしらないという根本的な問題がある。

情報、気を散らしてしまうものが過多な環境下で行われる意思決定のほとんどは、認識よりも文脈に駆り立てられる。そして、行動科学者のWes SchultzとRobert Cialdiniはなぜ将来の意思決定や行動に影響を与えるであろうものを考えてもらってもうまくいかないと、証拠をもって示している。その一つでは、カリフォルニアの数百人の住宅所有者に、以下の4つのメッセージから、エネルギー消費の抑制を促すのに最も効果的なものを選んでもらった。
  1. エネルギーの節約は環境を救う。 
  2. エネルギーの節約は未来社会を救う。 
  3. エネルギーの節約はお金の節約になる。 
  4. 多くの近所の人達もエネルギーの節約に既に取り組んでいる。 
結果、4.のメッセージが質問における評価が最低であったにもかかわらず、実際には人々の行動を最も変化させるメッセージであった。いくら否定したくとも周囲の人たちと同じようでいたいという欲望は普遍的、自動的なものであったのである。例えば、期限内での納税を怠った者に罰金を課すという普通の手法に比べて、近所のほとんどの人達は納税済みであると知らせる方がずっと効果的である。

そして、人間は自分の将来の行動に影響を与える要素を認識することがかなり下手であるだけでなく、実際に自分の行動を促したものを認識することも上手くできない。例えば、ニューヨークの地下鉄でどれほどの通行人がストリートミュージシャンに寄付を行うかについての研究では、自分の前を行く通行人が寄付をしたか否かで8倍の違いが出た。ただ、観察後のインタビューでそうした行動の違いをもたらした要因を尋ねたところ、他の関係ない理屈付けがされた。結果、消費者や顧客に尋ねるのではなく、その行動を観察するということが必要になってくるのである。他にも説得の6原則:Science of Persuasionで取り上げた、ホテル客室で同じタオルやリネンを繰り返し使うよう求めている事例もある。

要は、尋ねるよりも観察しろということである。

2013年2月1日金曜日

新世代ブランドの登場

HBR Blog Networkの”The Rise of the Unbrand” by Mitch Joelの抄訳。

芸術と言えばセザンヌ、ピカソ、ウォーホル、ルノワールなどが思い浮かぶが、最近は自分の趣向に合った物を、インターネットを介して結びついた芸術家に直接発注することがある。ブランドはなくともカスタマイズ、パーソナライズされた作品である。

こうしたラベルやブランドにあまり関心を抱かないという消費者の反応は、1990年代の反企業の動きなど、深いルーツを持っている。イギリスの百貨店、セルフブリッジが仕掛ける”No Noise”イニシアティブの一環で始まった”The Quiet Shop”では有名ブランドのロゴを外した商品を取り揃え、大きな関心を呼んでいる(もちろんブランドとはロゴ以上のものであるが、ロゴがブランドの重要な構成要素であることも確かである。)。ロゴを持たない電子ペーパー時計のPebble、ブランドはないが、優れたデザイナーやアーティストが制作した作品を購買できるFabなどもある。

現代の消費者行動(オンライン、P2P、世界中からの取り寄せ)と現代テクノロジー(クラウドファンディングというプラットフォーム、3Dプリンター、少量生産でも利益を確保できる能力)が交差する中で、ロゴのない新世代ブランドが既存のブランドを凌ごうとしている。

2013年1月13日日曜日

オフィスオペレーションの背後にあるロジック

The Org: The Underlying Logic of the Office”の著書であるTim Sullivanへのインタビューの抄訳 (HBR Blog Network)。

オフィスのオペレーションについては既に多くの悲観的な見方が示されているところであるが、組織運営には各種要素間におけるトレードオフが避けられず、環境及び目的に合わせて選択を行わざるを得ない。

Theory of necessary employee disillusionment
ある職務に対してモチベーションが高く、貢献的で有能な従業員を雇うことと、その従業員の行動をフォロー、モニターすることは逆のベクトルであるが、組織として成り立つためには両者のバランスよく行う必要がある。
(当たり前の組織マネジメント(information flow, monitoring, measurement, resource allocation)がもたらす成果について、インドの織物企業などを事例として説明。)

リーダーのいないネットワーク型組織
例えばウィキペディアにもマネジャーはおり、ボランティアだけでマネジメントすることはできない。また、米軍がネットワーク型組織の参考としたアルカイダでさえマネジメントを要素として組み込んでいた(バクダッドのリーダーからカイロのオフィスに宛てた、同胞の服務環境に係る手紙など)。

今後の組織
情報通信に係る技術革新により可能となった自宅勤務、テレビ会議などが、独立した請負人(Independent contractor)のような働き方を可能にしているのは事実であるが、そうした枠組みが機能しない領域もあり、組織の重要性に変わりはない。

パーテイションで区切られたオフィススペース
従業員を監獄に閉じ込めるためではなく、解放するために考え出されたもの。1950年代上層部は個室を与えられ、プライバシーを享受していたが、下位の従業員はそうではなかった。
Robert Propstなどは、こうした状況を改善するため、また20世紀に起こるであろう情報流通量の急増を見越して、1964年大きなテーブルを用いた移動が容易なオフィススペースを提案したが (Action Office)、コスト面、スペースの効率性からクライアントの支持を得ることができず、1968年に現在のようなパーテイションで区切られたオフィススペースが導入された。

2013年1月10日木曜日

イノベーションに係るトヨタとYouTubeの共通点

HBR Blog Networkの“Innovating the Toyota, and YouTube, Way” by Michael Schrageの抄訳。


人材、プロセス、技術といった観点からは、トヨタとYouTubeは全く異なる企業であるが、両社にはサプライヤーのイノベーション能力の向上に投資をしているという共通点がある。

例えば、USA TODAYによれば、Googleは1万~30万の購読者を持つ25人のアーティストに自社のデジタルスタジオ (the Space @ Los Angeles)を貸し出し、また設備の使用方法の指導も行い、コンテンツの作成を支援している。

一方、リーン生産方式の元となったトヨタ生産方式では、単に品質を高め、ジャストインタイムで在庫管理を行うのみでなく、サプライヤーをより革新的、創造的にする支援も含まれていた。具体的には、教育と訓練により、サプライヤーがリーン生産方式、その実験技術、知見を得られるよう支援していた。

両社とも金銭的なインセンティブではなく、人的資本の開発という側面から取り組んでいる点で共通している。

もちろんこうしたイノベーションへの支援は、競合関係にある(若しくはそうなり得る)サプライヤーに対して行われるべきものではない。目標は、より良いイノベーションエコシステムを築くことにある。

2013年1月7日月曜日

プロシューマーへのフォーカス

HBR Blog Networkの“To Spur Growth, Target Profitable "Prosumers"” by Eddie Yoonの抄訳。

一般的な消費者とプロフェッショナルの間に位置するプロシューマー(プロ仕様製品の消費者)は、カテゴリーとしては小さいものの、利益という観点からは大きな意味を持っている。

プロシューマーは、価格と提供価値という観点から満たされていない需要を発見するのに役立つ。具体的には、①より大きな支払意思 (willingness to pay)を持つ消費者の特定、②ふさわしい専門家からの承認による製品の信用の向上、最小費用で製品の価値を増加させる方法の発見により、より高い価格設定が可能となる。プロ仕様のスポーツ用ウェアなどを扱うUnderArmour、在宅で病院同様の看護サービスを1/10の価格で提供するAlmost Family、ロットの大きい商品を卸売価格で提供するCostcoやSam’s Club、医師のように血糖を測定、管理できる器具を提供するRocheなどがこれに当てはまる。

プロシューマーにフォーカスすることは以下の状況下での需要を顕在化させるのに役立つ。
(1) プロ向け製品が一般消費者向けより圧倒的に優れている場合
(2) プロによる提供やお墨付きがネームバリューを持つ場合
(3) DIY (do-it-yourself)に潜在的需要がある場合

一般的な消費者や大きなB2Bビジネスにフォーカスしていると、売り上げ規模としては小さなプロシューマーは見逃されがちとなるが、利益、イノベーションという観点からは重要なセグメントである。

2013年1月5日土曜日

2013年におけるテレコム業界の展望

2013 Telecommunications Industry Perspective”(booz & co.)の抄訳。

スマートフォンやタブレット端末の普及、モバイルインターネット、デジタル化技術(クラウドコンピューティングなど)により、データ通信の量は急激に増加している。それに対応するため、テレコム各社はワイアレスブロードバンドなどに多大な投資を行っているが、収益化は上手くいっていない。

こうした状況下でビジネスを拡大していくには、コアとなる事業の再定義、隣接分野への拡大、企業としての規模に応じた一貫性の保持といったリストラクチャリングが必要となる。そして、その実現のためには、以下の4つのビジネスモデル(相互に排他的ではない。)がある。

1.安定したネットワークの提供 (The network guarantor)
ネットワークインフラと関連サービスの提供、高い通信品質、信頼性、スムーズに統合されたプラットフォームとアプリケーションの保証を、費用対効果の高い方法で実現することに集中する。従来のビジネスモデルとあまり変わらないように見えるかもしれないが、通信量の激増に伴って重要性が増しつつあり、いくつかのネットワークやサービスを選択肢として顧客に提供しているテレコム企業もある。

2.顧客のビジネス支援 (The business enabler)
信頼できるバーチャルネットワーキング、クラウドサービスなどを通じて、ビジネス関係の顧客がデジタル化の利益を得ることを支援する。例えば、ビジネス関係の顧客に対して、テレコム企業が自社の課金、徴収システムを利用可能なようにすること、オンラインリテールの拡大支援などである。

3.際立った顧客体験の創造 (The experience creator)
電子財布(おサイフケータイ)、パーソナライズされた情報に基づくアプリ、音楽、ビデオクリップ、ゲームへのアクセスといった、アプリケーションとコンテンツを、最高のユーザー体験に統合させたかたちで、顧客に提供する。ただ、顧客に関する深い洞察、顧客のマネジメント、イノベーション、既存のネット企業との競争などもあり、このモデルで成功しているテレコム企業はほとんどない。

4.グローバル展開 (The global multi-marketer)
ホームとしている市場やセグメントを越えて、他国の市場や新たなセグメントに乗り出す。

そして、これらのリストラクチャリングを実現するには、以下の5つの能力を望ましいバランスで備えていなければならない。 
1.卓越した顧客分析能力 (Enhanced customer analytics)
2.革新的な製品・サービスの創造と提供による顧客体験のマネジメント (Customer experience management)
3.デジタル化による顧客企業のビジネスプロセスの改革 (Digital enablement)
4.隣接するセクターや新市場への進出に際しての戦略的提携 (Strategic partner management)
5.保有資産の把握とマネジメントによるコスト構造の適正化と投資資金の確保 (Yield management)